魚にだって旬の時期があるのだ
自分にだって旬の時期があるはずだ
いや、もしかしたら旬なんて
とっくに過ぎてるんじゃないかと思ったり
そもそも旬なんて無いんじゃないかと思ったり。
本を読んでいて思ったのは
残念だが"才能"はあって当たり前
一生懸命"努力"はして当然
その上で決定的なのは"運"だと。
ピクサーの成功を幸運だったと言いたいのではない
ピクサーですらアレだけの天才が集まって
20年の歳月の中に努力があって
それでも本人達のどうしようもない運命で
流され危機に見舞われて今日があるのだ。
いわんや才能も努力も中途半端な自分なんぞは
しかしながら、もう少しピクサー型でない方向性で、
自分は日本らしいCGアニメーションの作り方で
やってみたいと思っているのです・・・。
自分が海外のスタッフだったら
きっと日本から来たスタッフに
「日本らしさって何だ?何故それを武器にしないのか?」
と言うような気がする(聞いた事無いから、わからんがw)。
逆を言えばまだまだ勝算があるような気がする、わからんが。
日本のCGは10年遅れていると言われているが
海外で開発された道具を使って
慣れない言語のソフトで戦おうとしているんだから
まともに戦ったら勝てるわけが無い。
たとえ見かけ上迎合しても文化も違うし
海外はエンターテイメントのレベルそのものの商売が上手い
だから、絶対に同じタイプの作品では通用しない。
じゃぁ、どうすればいいんだ。
って話を誰かしませんか?(最後は弱気)
まだまだ風情が考えてみましたよ。


ではでは、そそっと参加してみたいと思います。
やはり、まず、自分の足で歩くことから始めないといけないかもしれません。
”これをこういう風に使ってみたらこうなった”という方法からの脱却を行わない限り、今はあるが先は無いと思います。
当たり前ですが、このまま10年、20年待っていても、日本人が望む日本独自の表現を実現する為の技術を、彼らは開発(R&D)はしてくれません。
彼らがしてきたように、我々も、流され、血反吐を吐き、自らの手で掴む。
日本は、その部分をスルーして楽園を手に入れましょうというのは、ムシが良過ぎる気がするのです。
独自の表現も大事なんですが
ボクが言いたいのはルックの面ではなく
日本独自の文化的側面でがんばってみては?
と思うんですね。
ソフトウェアやハードで勝つのではなく
ヒューマンで勝つ方法を模索しております。
あとは道具ですが本来の使い方とは違う
想定外の使い方で表現を伸ばすってのもあると思います。
日本人て応用するのが得意な歴史を持っていると思います。
CG屋さんの一番ウィークポイントだと思うのは
テクノロジーに重きを置きすぎている事だと感じています。
僕はソコから少し外して血反吐を吐いてみたいんですね。
だから、僕はCG屋出身ですが
絵コンテや演出にかじりついている訳です。
実際にやっている人は少ないはずですし。