なぜ良きプレイヤーが悪しき監督になってしまうのか

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なんで上手くいかないかと思っていましたが

一つずつ紐解こうと思っています(長文で、かなり勝手に)

どうやら属人的評価がネックなんだと思っています、特に最近。

個人の能力を高く評価しすぎて(もしくは低く評価しすぎて)

集団戦が多分苦手な事がネックなんだとも思います 。

個人的な能力が高いに越した事はないのですが・・・。

 「良きプレイヤーが良き監督とは限らない」

という言葉は多分誰でも知っていると思いますが

構造的欠陥に関して分析をしてみました。

 

僕の思う主な欠陥的な点は二点。

 

1)出来る人間(特に良きプレイヤー上がりの監督)は自分を基準にする。

 

どうも、それがいびつな評価を生み出している感じがしています。

自分はコレくらいできる、コレくらいがんばった、という絶対的な点で評価をしがちです。

他の全ての人が出来が良い訳ではないわけです。

偏差値70の人間が他の人間の出来を嘆いて

自分と同じように勉強して頑張っていれば、結果も付いてくると思っているのと同じです。

そもそも、同じ勉強法で全ての人が伸びる訳でもなく、

誰もが偏差値70を目指している訳ではない、

そして誰もががむしゃらに努力して評価されたいと思っている訳ではない、

という可能性が抜け落ちてるんです。

僕は、平均偏差値50の集団をどう指揮するかの方がむしろ重要だと思うんですよね。

 

2)ポジションとは即ち褒美である。

 

これまた解らんでもないのですが

良きプレイヤーが経験を積むと何故かマネージメントの方にまわされます。

プレイヤーとしての才能とマネージメントの才能は

全く別なので、人の指揮や管理には向かないダメリーダーが続出します。

一度上がったポジションはまず下がらないので

ダメリーダーが何らかの理由で居なくなるまで

基本的には、その下についた人間は「やってられん」と抜け放題になります。

若い出来の良い人間ほど抜けるのはコノ制度のせいだと思います。

 

ポジションってのはどうやら「褒美」の一部であり、ポジションで報酬が変わるですね。

経験を積めばマネージメントも上手いはずという根拠の無い理屈が

まかり通っているのが現実です、いやそんなもんです。 

 

属人的とはこの事で簡単にまとめると

「できるヤツは、何をやっても出来るんだ、だからアイツにやらせれば安心だ」

という幻想です。

適材適所とは真逆の考えですので、僕は合わないと思っています。

前述の1)と2)の考えを捨ててみては?と僕は思いますが・・・。

全然散文的でまとまっていませんね、まぁいいや。

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>良きプレイヤーが経験を積むと何故かマネージメントの方にまわされます。
プレイヤーとしての才能とマネージメントの才能は
全く別なので、人の指揮や管理には向かないダメリーダーが続出します。
一度上がったポジションはまず下がらないので
ダメリーダーが何らかの理由で居なくなるまで
基本的には、その下についた人間は「やってられん」と抜け放題になります。
若い出来の良い人間ほど抜けるのはコノ制度のせいだと思います。


あるあるすぎて噴いたwwwwwwwwwwwwwww
これって現場的にはパワーダウンにしかならないんですよね

悪しき風習の一つにも思えるのだが・・

パワーダウンに加えて、才能のある若者は
失望しますよね、、、
ま、この現象CG業界だけでないようですが。

適材適所を考えないで配置してるような
ポジションが「ご褒美」である限りは
ダメでしょうね、変えようにも変わりませんなw
管理側に向かない人を当てると
被害が大きいんですよね、マネージメントって。

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このページは、minetakuが2008年10月29日 00:01に書いたブログ記事です。

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