ゲームで重要な要素というか
ゲームをゲームたらしめているエレメントを考えてみた。
・駆け引き
・双方向性(インタラクティブ)
・規則(ルール)
これがあればゲームっぽい?と思った。
で、話は逸れるが、
犯罪が起きると最近はゲームやアニメが叩かれる。
何の影響も無いメディアや媒体は無いけれども
それを言ったら映画、小説、ドラマ、、、何でも影響はあるだろう。
というのは月並みな答えかもしれない。
人は得体の知れない事や物にぶつかると
とりあえずスケープゴートをでっち上げる事は歴史が証明している。
なぜなんだろうと思ったんだが
過去、映画や小説もスケープゴートにされてきたらしいが
現在はそんな事はナカナカ無い。
何故か・・・と考えてみたのだが
実はゲームやアニメは単に「メジャーな文化」として
認められていないからなのではないかと思った。
ひとたび「メジャー文化」として受け入れられれば
そんなに激しいバッシングを受けない気がする。
(最近はマンガはあまり標的にならない気が・・・)
とか何とか書いても根拠としては弱いんだが、
よく解らないことは、良く解らない変なモノにおっかぶせておけば
とりあえずOKという風潮はいい加減やめてもいいと思う。
コレだけ、情報がある時代なんだから
いい加減単純なスケープゴートに騙されないで欲しい。
なんでこんなこと書いたかといえば・・・
ちょっと話題が話が出たんだけど
そもそも「アニメを見たこと無い子供、ゲームをやった事が無い子供」
が今時いるのか?という問いだ。
いないだろう。
じゃぁ、もっともらしくアニメやゲームが悪なのだと決める根拠を知りたい。
そもそも悪とは何なのか、有害とはなんなのか、という定義すら
さほどされないままに言葉だけが独り歩きしている。
明らかに有害な大人の振る舞いや
悪意に満ちた家庭環境などには突っ込まずに
とりあえずキャッチーなところに突っ込む側も突っ込む側
突っ込まれて鵜呑みにする側も鵜呑みにする側
いい加減本質的な話をしてみたらどうなんだろう。
と書いてて散文になったのでオシマイ。

理由は至極簡単です。
もともと、ゲームもアニメも生きていく上で必要不可欠な物ではありません。
ですから我々はお客さんが夢中になってはまる様に一生懸命知恵を絞って作っています。
その結果、子供たちが勉強も運動もしないで自室でゲームやアニメに一心不乱にはまっているとしたら?
それが、例えば自分の子供だったとしたら?
クリエーターとしての自分は狙い通りのものを作ったと言えるでしょうが、親としての自分はこの状況をどう対処すべきか悩まざるおえないのではないでしょうか?
それだけ、我々は魅力的でかつ影響力の強いものを作っているのです。
これはエンターテインメントに携わる者の原罪とも言えるものなのではないでしょうか?
確かに、エンターテイメントというのは
煮ても焼いても食えない代物ですな。
しかしながら、生きていくうえで
衣食住以外でも、笑いや楽しみは
人間には必要なのではないかと思います。
何事もやりすぎは体に毒かと思いますが
ゲームという媒体が、エンドレスになるように
(楽しいことにのめりこむように)
設計されている点もあるのかと思います。
インタラクティブ性がプレイヤーに委ねられ
時間の制御も可能なので仕方ないのかもしれませんが。
エンターテイメントにかかわるものとして
影響させる事が一つの目標であり
それが、魅力的でなくてはいけないのは
作り手として当たり前なのですが、
何か良くない事が起こるとアニメやゲームという
解り易いモノに全てを投げる事で
それ以上は、思考停止してしまうのが
なんとも違うのではと思うわけです。
同時に、アニメ、ゲームが
僕は必ずしも良心的でなくてはいけない
とは思っていないのですね。
表現は自由であるべきなので。
そのバランスが難しいと思います。